1980年くらい
パチンコ屋

(´・ω・`)「フィーバーは玉が凄まじく出るけどお金が続かない…」




(´・ω・`)「しかも、正直ドラムが揃うまでクソ暇なんだよな…




(´-ω- `)「かと言って今更普通にチューリップ打つのもなぁ…」






彡(゚)(゚) 「ふむふむ…」






群馬県桐生市
平和本社

彡(゚)(゚) 「ユーザーのニーズよくわかった。」




彡(^)(^)「この新しく開発した羽根型の役物の開閉で新たなゲーム性を産んだろ!」 




フィーバー登場でパチンコは全く違う顔を見せ始め、一気に射幸性があがりました。

平和は『フィーバー』は射幸性が高いが、

・資金が続かない。
・大当たり以外の時間がつまらない。

と分析し通常時の刺激に乏しいという時間をどう見せるかに重きを置きました。





さらに従来、チューリップが付いていたオトシ下、センター下に始動口を設け、センター役物の羽根を開閉させるというアイデアを思いついたのです。






ゼロタイガー(平和)



三共が『フィーバー』を登場させた約半年後に平和から"元祖"羽根物の『ゼロタイガー』が登場。

基本「パンクして当たり前」で完走すればそれが自慢出来る程、役物自体は厳しい作りになっていました。


その分通常時の玉持ちは良好で、天穴に入れば左右のチューリップのどちらかが開きましたし、羽根にも拾われ易くなっていました。



ちなみに現在のようにラウンド振り分けもなければカウントもありません。


羽根18開放の最大8ラウンド自力継続です。
 

現在は10カウントまでですがゼロタイガーはVを喰うまで1ラウンド20個でも30個でも入賞できるというところでなかなかの射幸性も備えていました。

 

他メーカーも追従して羽根モノをリリースしますが、ゼロタイガーの飛行機の役モノをオマージュしたものばかりでこの辺の羽根モノは「ヒコーキタイプ」と呼ばれています。







【フィーバー規制される】

フィーバー機はその出玉性能の強さから発売から半年足らずでアタッカーの開放時間が30秒、開放回数を10回に規制されました。



さらに





SANKYO「ほげえええええ」 





1981年、全遊協は爆発的にシェアを伸ばしたフィーバー機を
店内設置台数の30パーセント以下
することを決めます。


自主規制は7項目あり、フィーバーやデジパチの設置台数の制限の他に


①広告宣伝の制限

②放送等のあおり行為、バケツの使用、終了個数の記載等の禁止

③終了台開放の際に射幸心をあおらない事

④著しく射幸心をあおるおそれのある終了個数にしない事

⑤違反になる機械を作らないようにメーカーや日工組に申し入れる

デジタル始動中及びアタッカー開放中にスピーカーから流れる音を異常に大きくしない事





なんかあんまり今と変わりませんね…



※ちなみに平和が追従して作ったフィーバー機は「ブラボー」というブランドでした。
オールドファンにはピンときますかね…






フィーバーとゼロタイガー

電化していく現代パチンコの礎として燦然と輝く2つを時々思い出してください。







成熟する羽根モノ。
いよいよあのビッグタイトルが登場する。

次回
「貯留式自力継続ビッグシューター誕生!」


お楽しみに!

        魔界村へ    

フィーバー誕生には、三共の大きな失敗が元になっています。



ー1977年
三共

 


彡(^)(^)「スロットの概念を取り入れた画期的なパチンコが出来たで!」






彡(^)(^)「リールを止めて図柄を揃えればチューリップ開放!」





彡(^)(^)「新しい!新しい!これは大ヒット間違いなし!」


~ホール導入後~





(´・ω・`)「リールの図柄を揃えたら全チューリップ開放か」




(´・ω・`)「ん~」




(´^ω^`)「ブフォwwwこれ慣れてきたら目押しできるし、超勝てるじゃん」 




(●▲●)「なんだこれ!攻略法でこの台ずっと店の赤字だわ!三共のクソめ!」







彡()()「ほげえええええ」




ブレンド赤坂(三共)

なんだよこの名前…登場時期も怪しいのですが、 スロットにヒントを得て中央役物にドラムを用い、入賞するとドラムが回り図柄をストップボタンで押して揃えるというものでした。

発想としてはそれまでのパチンコにはない斬新なものでしたが、客の目がドラムの回転に慣れると目押しされてしまい、店が大赤字を被り、売れ行きは悪かったと言われています。








 
※なんでも良いので図柄が揃えば大当たりとなります。上皿に各リールのストップボタンがあったようです。













【フィーバー誕生秘話】
ー1979年くらい
三共






彡()()ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」





彡()() 「ブレンドのせいでドラムの在庫クソ余ったンゴ …   


         




彡(゚)(゚) 「そこの営業マンよ。なんかアイディアないんか?」







(*^◯^*)「こないだホールに行ったんだ!」



 
彡(゚)(゚) 「そら営業やしな…」


 

(*^◯^*)「そこで老害に言われたんだ!」





彡(゚)(゚) 「店長と呼びなさいよ」







(*^◯^*)「『昔の台は良くチューリップが壊れて出玉出っ放しになって店もそれを容認したからそれはそれで楽しかった』なんて話だったんだ。老害の話はつまんないんだ!」


 

彡(゚)(゚) 「!?」

 




(*^◯^*)「!?」




彡(^)(^)

※この話を聞いた事が基になり、意図的に玉が出続ける機種を作ろうというコンセプトが出来たそうです。




フィーバー(三共)
1980年発売
確率などは不明。
いわゆるフィーバー機記念すべき第1号となります。アタッカーの概念がようやく登場です。
大当たり時のラウンド数は「永遠」。
アタッカー内のVゾーンを1個でも通過する限り永遠に続きます。(は?)

店員さんに終了と言われると終了となります。(出玉制限の概念がないので絶対定量制)


インベーダーゲームブームも一過性のものと過ぎ去りつつある時期で


こういうスペックが受け入れられるかどうか未知数だったわけですが、新潟のとあるホールが一気に120台導入して人気を得た事から爆発的にヒットしました。



当時はドル箱が用意されていませんでしたので、大当りするとバケツに玉を移していたそうです。





※諸説あるもののフィーバーというのは当時ヒットしていた




映画「サタデーナイトフィーバー」から拝借したという説が有力です。













フィーバーの爆発的ヒットにより、客足を取り戻したパチンコ。


この当時はあまりの射幸性にショック死する人もいて社会問題に。


規制と緩和の繰り返しはいつの世も同じ。



そして平和は今でも続く1ジャンルを開発する。




次回
「史上初の羽根モノ、ゼロタイガー誕生」

お楽しみに。


        魔界村へ    

1978年くらい

この年、日本中を席巻する、とあるゲームが誕生しました。





彡(^)(^)「このゲーム楽しすぎwww
クソワロタンバリンシャンシャンカスタネットタンタンプップクプーシャンシャンブーチリリリリリンwwwwwwww  




             
※連発式解禁からジワジワ店舗数を増やし、ようやく1万軒を超えて復活の兆しを見せていたパチンコ業界。

しかし、このゲームの登場により、またしても連発式禁止以来の危機的状況に陥ります。


















スペースインベーダー


総じてインベーダーゲーム。

タイトーより発売され多くのゲームセンター、果ては喫茶店にまで設置され大ブームとなります。




当時若者達を中心に人気を呼び、喫茶店の中には24時間営業を行う所も。




結果的にパチンコで遊んでいた層までインベーダーゲームにごっそり奪い取られパチンコ店は閑散とし、高齢者が目立つようになりました。







【ゲーム性の完成度】

チューリップの開閉だけで楽しむパチンコに対し、

多くの敵を打ち落とすゲーム性に加えて刺激的な効果音やTV画面の中で繰り広げられるインベーダーゲームは戦争を知らない世代に取っては刺激的であったと言われます。






【遊技料金】

1978年から貸玉の上限が3円から4円以下になり、遊技代が値上がりしました。
これにより、打ち出した玉が1個も入賞口に入らない場合は15秒で消費してしまいます。

インベーダーゲームは100円で遥かに長く遊べるため、人が流れるの致し方なしといったところでしょうか。







店舗推移はインベーダーゲームの影響を受けて約1000軒減り、1万軒を割る事態になります。









彡()()「潰れりゅうう ああああああああ!!!!!!!!!!!」(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )
 

またしても暗黒時代なのです。









瞬く間に窮地に追い込まれたパチンコ業界。

1980年冷えきった業界に救世主現る。

次回
「フィーバー誕生」

お楽しみに!
      


        魔界村へ    

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